『エトワール』

 オペラ座のバレエダンサーといったら、ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』の冒頭で端役の女の子たち(そう、オペラ座のねずみたち)が噂話を囀っていた、というくらいしか印象になかったのだけれど、すごい世界だった。これはオペラ座のバレエダンサーたちを追うドキュメンタリ映画。厳しいレッスンの光景やオペラ座という建造物の美しい外観や内装も映すけれど、圧倒的なのはことば、ことば、ことば。コンセルヴァトワール出身のダンサーが代役しかつかめずに、ここには専属バレエ学校の出身者たちがいるから、と肩をすくめる。その専属学校はどれだけバレエひと筋なのかと思いきや、校長が開口一番に、生徒全員がバカロレアに合格して安心しました、と語る。つまりバレエ学校を出たからといって、それで一生バレエで生活できるわけではない、ということ。
 ほかに印象的だったセリフ――
「いつも鏡と向き合っているの。自分の欠点を探すため」
「旅公演のときは劇場でレッスン。鏡がないの。床に映る自分の影を見て動きを修正するのよ」
「修道女になりたかったの。私にとっての修道院は何かに身を捧げ浮世を捨てること」――ストイック、のようでいて、でも、なにかとても貪欲なようにも思える。
 若い、幾人ものダンサーたちが、バレエについて真摯にさまざまに語るのに(心臓の持病で兵役を逃れたという男性バレエダンサーが、舞台稽古の合間に息を切らせながらカメラに話しかけるところなんて、泣ける)、定年を迎え引退するエトワールが、さいごの舞台がはねたあと、はしゃぎすぎてラ・シルフィードの衣装の片羽根を落としてしまい、「これじゃ飛べないわ」と呟いて一気に印象をかっさらっていくのが、なんというかお流石、という雰囲気だった。
 エトワールって「星」という意味だけど、クリスマス・ツリーのてっぺんのあの飾りみたいに、厳然たる階級世界のピラミッドの頂点に輝く存在なのだ。
 自分はバレエを習ったことはないのに、パだとかピルエットだとか、たいていの用語の意味がわかるのに驚いた。上原きみこのバレエ漫画は偉大だなあ*1。あのころちっとも意味を知らずにいた「火の鳥*2って、ベジャールの振付だったのだと、二十年経ってはじめて知った。
 http://www.kinetique.co.jp/etoiles/

エトワール デラックス版 [DVD]

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*1:小学館学年誌で『銀のトウシューズ』を読んでいた世代です

*2:衣装がジゼルのほどにはかわいくないわ、って付録のきせかえを見て思った記憶がある