『アラビアの夜の種族』

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

アラビアの夜の種族〈1〉 (角川文庫)

聖遷暦1213年。偽りの平穏に満ちたエジプト。迫り来るナポレオン艦隊、侵掠の凶兆に、迎え撃つ支配階級奴隷アイユーブの秘策はただひとつ、極上の献上品。それは読む者を破滅に導き、歴史を覆す書物、『災厄の書』―。アイユーブの術計は周到に準備される。権力者を眩惑し滅ぼす奔放な空想。物語は夜、密かにカイロの片隅で譚り書き綴られる。「妖術師アーダムはほんとうに醜い男でございました…」。驚異の物語、第一部。

 おもしろかったー! この本の冒頭の「なんかものすごいお話がはじまってしまいそうな感じ」は、ちょっと、さいきん、ほかに類を見ないと思う。あーもう私にとってはこれこそが災厄の書だわよと思いつつ、勉強も忘れて、文庫にして三巻を読み耽りました。
 物語としては階層が三層あって、アラビアンナイトのごとく夜毎に語られる、妖術師アーダムやふたりの拾い子のお話。それを書きとめ、『災厄の書』を仕立て上げるアイユーブたちと、進軍するナポレオン軍の様子。それに、作者不詳の"THE ARABIAN NIGHTBREEDS"の英訳本を手に入れ、翻案を思い立ったという著者のまえがき・あとがき。ただし本文中に挿入される夥しい訳注が真面目であればあるほどうさんくさく、それさえもじつは虚構で、さらにうえにまた層があるのでは予感させる。まあ、千夜一夜物語入れ子状で、とちゅうで頭がこんがらがる構造ではありました。
 カイロの街並みも、宝物のような本を備えた図書館の描写も、ため息がでるほど美しかったけれど、いちばん好きなのは砂漠のただなかにある古代遺跡の地下迷宮都市。建築家集団によって日々建て増し拡張され、暗がりには魔物が跋扈し、最深部には魔王は眠るという。ひとと、ひとでないものが共棲している不気味なところ。『クーロンズ・ゲート』の胡同を連想させる。と思っていたら、このお話はもともとウィザードリィのノヴェライズだったそう。ああ、そう、これはようするにダンジョンなのね、となっとく。
 イスラム教下のエプジトでは、ピラミッドやその時代の神殿遺跡は、古代の異教徒(多神教で、しかも偶像崇拝!)によるなにか禍々しいものなのだ、というあたりが新鮮で、興味深かった。*1
 饒舌な字の文と、うらはらに軽すぎる会話文と、くせの強い文体で好き嫌いが激しくわかれそうな文体だけれど、私はとても好きでした。

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 II (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

アラビアの夜の種族 III (角川文庫)

*1:世界最大の古代エジプト・コレクションを収蔵するのはカイロ博物館ではなく大英博物館であるというのは、西洋によるオリエントの支配と略奪のほかに、もしやここにも一因があるんじゃ……。