『マルタのやさしい刺繍』

 この映画のポスターやDVDのジャケットになっている、4人のおばあちゃんたちがベンチに座っている場面があります。その右端でベンチからすっくと立ち上がっている、緑色のコートのちょっとボーイッシュなおばあちゃんが主人公のマルタで、いなかの村を巻き込んでパワフルにひと騒動起こすお話なんだと、観るまえは思っていました。
 が、違いました。
 ベンチに座っている左からふたりめ、真っ白な髪をした、おばあちゃんのなかのおばあちゃんがマルタでした! マルタ役のシュテファニー・グラーザーは芸暦70年、88歳のこの映画にして初主演なんだそうです。それって、菅井きんのギネス記録超え?
 夫に先立たれて生きる気力を失ったマルタを再び息づかせるのは、昔むかし、若いころの夢、自分のお手製の下着を売るお店をつくること。その名も『プチ・パリ』。マルタの仕立てる下着は上品なように思えるのですが、保守的な村では「はしたない」とされ、嘲笑されたり誹謗されたり(この村にもしPEACH JOHNやRavijourの看板が広告があったら、たぶんポルノ扱いされると思うわ)、お店もさまざまな妨害に合います。*1
 首都ベルンへの買出しツアーで、生地屋さんの繊細なレースを撫でたマルタの手が吸い付いたように離せなくなってしまうのは、手芸好きならだれしも似たような経験がある瞬間。でも映画の内容としてはタイトルから連想されるほど手芸趣味どっぷりではなくて、マルタの親友のおばあちゃんたちも、介護のために自動車学校に通いだしたり、老人ホームのパソコンクラスに参加したりと、あたらしいことに挑戦するので、応援したくなってきます。そう、年齢を重ねることとなにかにあたらしいことに挑戦することは両立できる! と思うと、いつかにおばあちゃんになる日がくることも楽しみのような。いつか来るその日のために、いまから体力を養っておかなくてはね。
 自宅近くのお城のような芸術劇場で3日間だけ上映されたのを観て来ました。合唱コンテストのヨーデルをいい音響で聴けてよかったです。ほかにとてもスイスらしくて良かったのは、ドイツ語にときおりフランス語がまじることば。「ありがとう」は、「ダンケ」じゃなくて「メルシー」なの。

マルタのやさしい刺繍 [DVD]

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*1:その妨害行為の双璧がマルタの息子ヴァルターと、マルタの親友のハンニ(緑色のコートのおばあちゃん)の息子フリッツなんだけど、牧師でもあるヴァルターのへたれっぷりもみもの。フリッツの「まさかうちの娘が!」という因果応報っぷりも。