薪能の魅力のうち

moony2009-05-23

「チケットが余っているから行かない?」と職場でもらったのが、地元の神社の薪能の招待券。
 これがまた、チケット運の悪い私がいままで見たこともないようないいお席!
(お芝居でS席をとっても、「なんだか……これならA席のほうがよくない?」みたいな場所になるんですよ、いつもいつも)
 隣席が課長と、隣の課の課長という、私のなかに眠るひとみしりの精霊がめざめるのにはじゅうぶんな条件だったけれど、あまりにもいい席なので、
「行く行く行きます!」
 ……欲望に負けてしまいました。
 一年にいちど、この薪能のためにだけしつらえられる野外能舞台は、境内の古木の下。この木の幹が、能楽堂の舞台にはつきものの鏡板に描かれた松の木に、そして枝と葉が屋根に見立てることができる、すてきな舞台なんです。
 数年まえ、野村萬斎による狂言を目当てにチケットをとったときは、当日朝からお天気が思わしくなく、市民会館に場所が替わってしまったので(ふつうの舞台で見る能狂言って、いまひとつ)、ことしこそリヴェンジです!
 開演前は、雨雲のかわりに飛行船の浮かぶ空。司会者も「ことしは数年ぶりに両日とも晴れまして……」というので、どうやらここ数年、ふつかある日程のうち、どちらかは必ず雨に祟られていたみたい。
 夕風のせいか、鎮守の森から絶えず葉ずれの音が聞こえて、潮騒のよう。地謡の「翁」につられて、鴉の声。日が地平に近づくと、篝火に火が入ります。演目は「羽衣」。天女と漁師のやりとりのうちに空の色がどんどん濃くなって、羽衣をとりかえした天女が舞うころ、夜の気配に飲み込まれます。……と、空から雨粒が。
 さいしょは小雨程度だったのが、休憩時間にはいると本降りになり、「お客様は本殿の回廊で雨宿りなさってください」とのアナウンス。とくべつに開門された本殿で5分ほど待ったものの、雨脚はどんどん激しく、まるで夕立ちのようになり、とうとう、こんやのこれ以降の演目は中止、ということになりました。
 まあ、いかにもお能らしい演目の「羽衣」も観られたし、よかったわよね……と課長と頷きあって家路についたけれど、それは自分の懐を痛めたわけではない気楽さのせいでしょうか。
 でも、ただの「能」ではなくて、あの葉ずれの潮騒も、空による総天然の照明も、そしてこの雨もすべて込みで「薪能」を観に来たんだと思えば、これはこれで魅力のうち?
 夕立ちみたい、と思ったとおり、雨はその後しばらく激しく降ったあと、すっかりやんでしまいました。