『小さなトロールと大きな洪水』

 講談社文庫の、ピンクの背表紙の「ムーミン」を揃えていたので、9冊目のムーミンのお話があることを、さいきんまで知らずにいました。それがこの本、『小さなトロールと大きな洪水』。講談社青い鳥文庫とハードカバーのムーミン童話全集でのみ刊行されています。
 お話は、ムーミンたちがムーミン谷で暮らすことになる、ずっとまえ。住む家を失い、ムーミンパパともはぐれてしまったムーミンムーミンママが、パパを探してさまようなかで、スニフと出会ったり、ふしぎな生き物たち(まあムーミンたち自体がふしぎな生き物なんだけど)と交流します。
 道中の浜辺でニョロニョロたちと遭遇したママが、ニョロニョロならパパの行方を知っているかも! と興奮して話しかけたあと、ニョロニョロは耳もきこえないし口もきけないことを思い出して、慌てて「砂の上にハンサムなムーミントロールと大きなクエスチョンマーク」を描くところがかわいらしく、でもママちょっと落ち着いて、深呼吸して十数えて、という感じです。ムーミンママにとってのムーミンパパって、扱いが「大きなムーミン」で、手間のかかる息子がふたりで大変ねえという印象があったんだけれど、ママはちゃんとパパが好きなことが窺える、すてきなくだりじゃないですか、「ハンサムなムーミン」!
 そのほか、青く輝く髪(かなしいことがあると光を失い、にぶい色にかわってしまう)の持ち主の少女チューリッパや、お菓子の庭に住む年とった男の人、野原の塔に住む少年にふるまわれた海のプティング、岩山を駆け抜けるジェットコースターなど、童話らしい、魅力的なひとやものでいっぱいです。
 ムーミンに乞われて、ムーミントロールたちが人間の家、たいていはタイルばりの大きなストーブのうらに住んでいたころのことについて語るママのおはなしが印象的でした。

「ぼくたちがそこに住んでいたことを、人間たちは知っていたのかな?」
 ムーミントロールがたずねます。
「知っていた人もいたわ。」
 ママはいいました。
「人間はわたしたちのことを、ときどき首すじにふうっとふきつける、つめたいすきま風のようなものだと思っていたわ。ひとりでいるときなんかに、そう感じたようね。」

小さなトロールと大きな洪水 (講談社 青い鳥文庫)

小さなトロールと大きな洪水 (講談社 青い鳥文庫)