『マイレージ、マイライフ』

 先月の旅行の際、帰りの飛行機のなかで主人が観て、
ジョージ・クルーニーがかっこよかったんだ! ぼくもあんなふうになりたい!!」
 と、いたく気に入った様子で、ぜひ映画館で観ようと言い出した作品です。
 じつはその際、主人は最後まで観終えてなかったのです。その日のフライトは、運良くジェット気流に乗っちゃったとかで、本来なら三時間半かかる便が二時間十五分までに短縮されたという経緯があったのですね。
(ここ、ポイントですよー)
 そんわけで観に行きましたよ、『マイレージ、マイライフ』。原題は"up in the air"。この邦題は悪くない感じ。
 ジョージ・クルーニー演じるライアン・ビンガムは敏腕リストラ宣告人、独身。一年のうちのほとんどを出張してすごし、趣味はマイレージをためること。しかし会社は新入社員ナタリーの提案する合理化案(ヴィデオチャットのようなリモートシステムを利用して、コールセンターにいるオペレータがフローチャートに従いリストラ宣告を行うというもの)の導入と出張の廃止の検討しはじめる。ライアンは、ナタリーの教育係を任命され、出張に同行させることに……。
 というのがあらすじで、この出張の際のライアンの見事なまでに無駄が排されたスマートな動作、荷造り、チェックインの様子など、たしかにかっこよかった! 同じく出張三昧のアレックス(ヴェラ・ファミーガ)と大人な関係になったり、なんというか、いかにもジョージ・クルーニーの映画らしい、おしゃれな大人の映画の雰囲気。
 うちの主人は「国際空港のラウンジでカタカタカタ、スパーンみたいな生活をしてみたい」とつねづね言っているので(「カタカタカタ、スパーン」は薄型ノートPCのキーボードをタイプしてEnterキーを押す音のようです)、そりゃあ、あこがれるよねー、と納得しつつ観ていたのですが、じつはそれはまだ物語の導入に過ぎず、この後、予想をすこしずつすこしずつ外されて、驚きの展開へと進んでいくのでした。
 この展開が、苦かった! シアトル系カフェの紙カップ入りの飲み物を渡されたら、トッピングがホイップクリームとヘーゼルナッツシロップなので、フォームミルクの下はラテだろうと思って飲んだのに、エスプレッソそのものだったよ!!(アメリカーノですらない!) ……喩えるなら、そういう衝撃的な苦さでした。
(物理的に可能なのかはなぞですが、気持ちだけ受け取ってください)
 ライアンは、彼のスタイルどおりに生活していれば、アレックスとのあとくされのない関係でもまったくかまわないひとだったのに、ふと魔が差すように「そうじゃない人生」を選んでみたくなってしまったのは、ナタリーとの交流が原因のひとつなのですが、この、アナ・ケンドリックが演じるナタリーの小娘っぷりも見どころなんですよねえ。
 会議でのプレゼンはソツがないのに、初出張の日、無駄まみれの荷造りで空港に現れる野暮ったさ。
 リモートでのリストラという冷徹な提案をしているくせに、自分は彼氏にメールで振られてべそべそ泣く。
 心理学選考でコーネル大学首席卒業、でもいってることはつねに見当はずれ。
 そのナタリーが失意の際、空港の動く歩道に乗っている後ろ姿のカットが一瞬だけあって、この映画のお話と舞台にとても合う、象徴的な映像で、印象的でした。
 観終えたあと、念のため主人に「あんな人生、まだあこがれる?」と訊いてみたら、応えは苦い苦い沈黙でした。どういう「あんな人生」なのかは、どうぞその目で確かめてみてくださいませ。