イタリアの底力
さて、ミラノ。
じつは、ツアーになぜこの都市が含まれているのか、現地にいるのに、よくわかっていません。
旅に出るまえ、訪問する都市についてガイドブックを読んだり下調べをしたり、ということをまったくせずにいたのです。
(なまじ下調べして行きたい場所ができても、時間と行動範囲の限られるツアーで、足を伸ばせなかったらせつないものーと、後ろ向きなことを考えました)
そんな不勉強な状態のままで、朝、バスに乗ったのですが、いきなり、すごいところに連れていかれました。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるところ。
すみません。ごめんなさい。
のっけからイタリアの底力と己が無知さ加減を見せつけられ、とにかくもう謝りたい気分に。
そりゃあ、日程に組み込まれるよね!
『最後の晩餐』は、教会の隣の建物、むかしは食堂として使われていたという部屋の壁画なのですが、劣化を防ぐため、見学者はいちどに二十数名、時間も十五分ほどと限られています。その部屋に行きつくまでの通路もいくつかの小部屋に区切られて、見学者全員が一室にすべて移動したことが監視カメラで確認されたあと、部屋の後方の扉が閉じ、さらにそののち進行方向の扉が開くという、なんだかイタリアのイメージと違う仕事ぶりの厳重さ。もちろん撮影禁止です。
しかし、現在ではそんな丁重な扱いをされているのに、壁画の描かれた壁に、のちに戸口を穿ってしまったとかで、絵の部分にまで穴がかかって、よりによってイエスの足元の図柄が失われているのが、美術史上ものすごい損失なんだろうけれども、この絵の扱いの変遷を物語って、奇妙な味わいがありました。
反対側の壁画はレオナルドと同時代のひとの作で、絵の題材もイエスの磔刑という、『最後の晩餐』の数日ちがいのものなのに、あきらかに「ルネサンスまえ」というか、中世の宗教画っぽくて、おもしろい対比。
イタリアでは、歴史的な芸術作品というのは美術館ではなく教会にあるのね、というのが発見でした。
その後、スフォルツァ城、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアと、名所(らしい)に立ち寄って、ドゥオーモへ。
外壁は微妙に色の異なる大理石、いくつもの尖塔を備えた大聖堂は、氷の女王のお城のよう。
……と思ったのですが、内部に足を踏み入れて、「ゴシック建築の大聖堂の内部は『黒い森』」という、むかし読んだ本の内容をきゅうに思い出しました。
そんな本を読んでいたくせに、ゴシック建築の大聖堂に、いままで足を運んだことがなかったのです。なるほど、昼なお暗い森の底で、木漏れ日を探しているみたい。自分は迷える子羊で、なにか絶対的なものを信じることで導きを得たい! ……という気が湧いてくる、厳かで圧倒的な舞台装置だと思いました。
- 作者: 酒井健
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