察していただければ

 三番目の都市は、フィレンツェです。
 私は前日までのヴェネツィアにてエネルギーを使いきった感があり、「一回休み」状態。
 代わりに、主人がずいぶんとはしゃいでいて、ふしぎに思い、フィレンツェってなにかあったっけ? と訊いてみると、
「『冷静と情熱のあいだ』の映画のロケ地じゃん! 僕、江國香織さんの原作も好きなんだよねー」
 とのこと。
 …………そういえば(?)、うちの主人の、職場でのあだ名は「スイーツ(笑)」です。
(オフィスでのおやつがソニプラでジャケ買いした外国のお菓子なのでその命名、という説もあるのですが)
 興味があることはホットヨガで、バリ式マッサージが好きで、お気に入りの場所がナチュラルローソンで、いまほしいものはポケットドルツという、プロファイリングしたら「二十代OL」という結果しか出てこないような嗜好の持ち主だって、知っていたけど。だけども。
 るんるんしている主人の横で、ごめんねいっしょにるんるんできなくて、私は川上弘美派だし……、と思ったり。
 朝食時に同席した、おなじツアーのべつのご夫婦も、
「ああ……(そんな映画もありましたね)」
 という、薄い反応。まあ、十年近くむかしの映画だものね。
 でも、ひとり楽しげな主人でした。
 思い入れにうっとりしている人間って、はたから見るとこんなふうなのねえ、ヴェネツィアでは私もさぞや浮かれて見えたことでしょう、と反面教師になりました。
 と、夫婦間に横たわる温度差を感じたりもしましたが、フィレンツェもまた、すてきな街でした。
 発音しずらいし、どこの国のことばだか見当つかない響きだし……、と思っていたウフィツィ美術館は、この街にあった、というのがまず、第一の収穫。
 ボッティチェルリ(この発音しずらさもそうとうだ)の『プリマヴェーラ』や『ヴィーナスの誕生』を観ちゃった! ラファエロの『鶸の聖母』やダ・ヴィンチの『受胎告知』も!!
『最後の晩餐』を目の当たりにしたときも感じたけれど、「教科書に載っていたあの絵は、たしかにこの世に存在していたのねえ」という、妙な感慨がありました。
 一方、主人は、美術館三階の回廊から見下ろせる、どこまでもオレンジ色の屋根の街並みを眺めて、うっとりとしていました。
 フィレンツェはこぢんまりとした、かわいらしい街で、あちこちのお土産屋さんを巡ってまわっても、それほどくたびれません。
 というわけで、この街で買ったもの。イニシャルの手刺繍入りのハンカチ、よい香りのする修道院の石鹸、ふるい絵柄の蔵書票、大聖堂の丸屋根のかたちの箱入りのお菓子などなど、です。
 フィレンツェの大聖堂は、ミラノのそれとは違って色が華やかで、あたたかみのある印象でした。


 写真はウフィツィ美術館の窓から見たヴェッキオ橋。ピノキオが狐や猫に誘惑されたのってこんなところだったかしら。
 ……画像の少なさで、私の「一回休み」具合を察していただければ、と思います。