完敗、といった心持ち

 フェリーとバスを乗り継いで、ローマに着いたころにはとっぷり日が暮れていました。
 夕ごはんを食べに、添乗員さんがおいしいと噂を耳にしたという、おすすめのレストランへ。
 このとき聞いた話が、とても強烈な印象だったのです。
「前菜に、『モッツァレラ』っていうメニューがあるんだそうです」
「え? 『トマトとモッツァレラのカプレーゼ』とかじゃなくて?」
「ただの『モッツァレラ』って、メニューに載っているそうなんです」
 なんだそりゃーどんなモッツァレラなんだー。気になるじゃないですか!
 で、行ってみた。アメリカ大使館の真裏にあるお店。
 うわさに聞いていた『モッツァレラ』は、たしかに、メニューにありました。サーヴされたの見ても、一見ふつうのモッツァレラ。
 が、ひと口、食べた瞬間、濃厚な「だし」のような味が口の中に広がりました。これがほんもものモッツァレラなの?! じゃあ、私が日本で食べてたあれはなんだったの? 豆腐?! ……というくらい、なにかこう、根本から別次元の味。
「ローマではカルボナーラですよ!」と、これまた添乗員さんにきいていたので、オーダーして食べたカルボナーラも、いままで食べたことがないおいしさ。どうしてこれと、日本で食べているあれが、おなじカルボナーラと呼ばれているんだろう……。
 なかば呆然としつつ食べ終えたら、カメリエーレのおにいちゃんが「おいしかった?」と訊いてきたので、おいしかった!!! と万感の思いをこめて答えたら、「もっとおいしいものをもってきてあげる」と、シャーベットをもってくてくれました。これもおいしかった……。
「私、むこう半年はカルボナーラもモッツァレラも食べない。この味の記憶を上書きしたくない」
 と口走ったら、主人も「ぼくも」と、合意に達しました。
 なんなんでしょう。なんなんでしょうねえ。なにか完敗、といった心持ちです。