勝田文『Daddy Long Legs』
短編集。表題作はジーン・ウェブスターの、かの『あしながおじさん』を、舞台を昭和初期の日本に移した翻案もの。Amazonで異様に高い評価なので購入。
- 作者: 勝田文
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2006/04/19
- メディア: コミック
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そもそも『あしながおじさん』のジョン・スミス氏ことジャーヴィーぼっちゃんって、おとなになって振り返ってみるとけっこう気持ち悪いひとだ。……だよね?
- 風変わりなお金持ちで、慈善事業に熱心。
- 文才のある孤児の少女ジュディの大学進学を援助する。
- 援助の交換条件として、作家修業のため、月にいちど近況報告の手紙を送ることを義務づける。
ここまではいい。でも、その後の振る舞いといったら、
- 自分が援助者であることを隠し、ジュディのルームメイトの叔父さんとして接触。
- 大学生の青年を恋敵と勘違い。彼と会わせないために長期休暇は自分の農園ですごすようジュディに厳命。
- そしてちゃっかり「ルームメイトの叔父さん」の顔で農園を訪れる。
- けっきょくさいごにはジュディと結婚。
あれ、作家になる話はどうなったの? 結果的にはただの若紫計画にしか見えない。
……、と、よくよく考えてみるに「なんだかなあ」な人物なのだけれど、本作ではあしながおじさん=平田太郎氏こと千博ぼっちゃん側の描写が丁寧なので、やっていることはおんなじでも、行動に共感できるし、千博ぼっちゃん自身の魅力もあって、あんまり気持ち悪くない、むしろ好意的に解釈できるようになるのでした。
本作でジュディ役にあたる、いつき嬢(この子もとってもチャーミング)が、女学校生活の折々にあしながおじさんへ手紙で繰り返し伝えるのは煎じつめれば「あたしはさびしい」ということ。両親のわからない孤児で、女学校進学後に親しくなったひとたちにはそれを隠している(だから求婚されても諾といえないし、断る理由を説明することすらできない)。このいつき嬢のさびしさをひしひしと感じながらも、自分が平田太郎名義で送るプレゼントや小切手ではそれを埋められないこともわかっている、千博ぼっちゃんのせつなさときたら!
主人公ふたりの周囲のキャラクターも魅力的で、千博ぼっちゃんの姪・純子さん(原作ではジュリア)がお高くとまった華族令嬢なのに、文化祭の喜劇ではすさまじいプロ根性でコメディエンヌぶりを発揮するエピソードは、あの長編を短編漫画に構成し直したのによく割愛しなかったなあと感心。そのほか、さえちゃん(原作ではサリー)が女学校を卒業したら職業夫人になるかもよ、といういつき嬢の発言は、原作の続編『続あしながおじさん』を暗示しているようで、脇役への目配りもていねいでした。坊っちゃんちのじいや、教授や、芸者の姐さんといったオリジナルキャラもいい感じ。
作中でハレー彗星が印象的な使われ方をするので調べたら、原作者ジーン・ウェブスターはマーク・トウェインの姪の娘で、トウェインは「私はハレー彗星が空に掛かる頃生まれた。だから私は、ハレー彗星と共に旅立つのだ」と生前に予言していて、そのことばどおり1910年に亡くなっているのね。
で、明治43年のこのハレー彗星を千博ぼっちゃんがいつき嬢に語ってきかせていると飛行船のツェッペリン伯号が空にあらわれるので、昭和4年とわかるなど、昭和初期を舞台にした漫画として小道具立てが心憎いのでした。千博坊っちゃんの偽名が江戸川乱歩の本名なあたりもね!