いつかだれかの初恋の

 小学校の同級生のOちゃんの初恋の相手は、本気であの、クイズ王だったという。
 そのころTVでは、いわゆる一般の視聴者が出場する大掛かりなクイズ番組が流行りで、大学のクイズ研究会出身者などが複数の番組で活躍し、クイズ王だの名人だの呼ばれて、まるで芸能人のような扱いを受けていたのです。
 Oちゃんがお熱だったのは、痩せ型でしゅっとした印象の、若いクイズ王でした。
「私、クイズ王にお手紙を書く! TV局に送れば届けてくれるよね?!」
 とOちゃんがある日突然に言い出して、クラスの女子全員を巻き込みレターセットの選定と、文面の吟味が行われたのでした。
 さらに、数週間後に放送されたクイズ番組のなか、
「さいきんは若い女性のファンがたくさんいるんですって?」
 と司会者に水を向けられたクイズ王が、
「年齢層が低すぎてどうにもこうにも……」
 と答えた翌日も、あれってどう考えてもOちゃん(含む)のことじゃんね! と教室じゅうが蜂の巣をつついたような大騒ぎ。
(自分たちの年齢が低すぎる、ということが理解できる程度にはおとなだった、小学生女子たちなのでした)
 その後、Oちゃんの興味はクイズ王からZOOのダンサーのなんとかさんに移り、それってクイズ王とのあいだには「TVに出ている」と「年上」くらいしか共通点がないじゃんねえ、と囁かれたのは、またべつのお話。
 ……というようなことは長年すっかり忘れていたのですが、さいきんになって鮮明に思い出すことになった理由がありまして、
「知ってる? ○○課の係長、むかし、クイズ王だったの」
 と職場での雑談のあいまにひょっこり教わって、ああー?! あの名まえは、そういえば!! と死ぬほどびっくりしたためです。なんという偶然。
 まあ、落ち着いて考えてみれば、たいていにひとには初恋の相手がいるんだもんね、私でさえ、べつの同級生の初恋の相手だったくらいだし*1、世の中には初恋の相手がそこらじゅうにころがっている状態なわけなのだから、同級生のひとりの初恋の相手とおなじ職場で働くことだって、べつにありえないことではない。とは理解できるのだけれど。
 でも、ふだんオフィスでデスクを並べて、打ち合わせしたり、電話の対応をしたりしているひとたちも、いつかだれかの初恋の相手だったのかも、と考えると、だいぶ世界が甘酸っぱく感じられます。

*1:教室の窓辺の席で文庫本を読んでいたのが文学少女っぽくてひと目ぼれだったのだそう。たぶん窓辺ってあたりの舞台立てが数割増しにしたんだろうな、と自己分析。