天平の繭の見る夢は

 ひょんなことから、小石丸の繭を見せてもらった。
 小石丸っていったら、皇居の養蚕所でも飼育されているお蚕さんで、現存する種のなかでは古代種ともっとも近しいので正倉院の御物を再現する際に白羽の矢が立った、くらいの知識は私にもある。こ。これが! と目の色を変えてしまった。
 手にしてみると繭は、見慣れたものよりずいぶんとちいさい。まんなかがすこしくびれて、白魚のような、女性のたおやかな手のその指先、くらいしかない。
 いま広く普及しているお蚕は大陸との交配種で、在来種の小石丸の繭がそれよりちいさいのは、つまり、それだけ繭をかたちづくる糸が細くて繊細、ということだ。だだ、とれる生糸もすくないので、一般の養蚕家は取り扱わなくなってしまった。平成の世になってから、正倉院で、奈良時代当時の技法で染織品を復元する試みが行われたとき、小石丸を飼育していたのは皇居内の紅葉山御養蚕所だけだったという。
 御養蚕所でお蚕が桑の葉を食む音に耳を傾ける美智子さま、その桑の葉を桑畑で刈り取る美智子さまの写真も見せてもらった。どんなご公務のときよりお優しいおかおに見えた。手ずから養蚕をされる皇后陛下のいる国、というのは、ちょっと世界に誇ってもいい、うつくしい国だと思うんだけど、どうかなあ。
 ないしょね、とこっそり、小石丸の繭をひとつだけもらった。絹糸を紡ぐまえの繭をもらったことは数知れずあるけれど、こんなにどきどきしたのははじめてだった。振るとことことと音のなる繭は、なかでお蚕さんがまだ微睡ろんでいるようにも見える。繭のなかで見る夢は、やっぱり天平の夢だろうか。