蝶の名を持つ喫茶店で

 Iくんの部屋のキッチンの収納力が飽和状態に陥ってしまった。電子レンジでノンフライの野菜チップスをつくれる、という器具を買ったのが、表面張力を破綻させるさいごのひと雫だったように思う。いろいろと思案したすえに、現状ではあまりおおきなものが入れられないので使い勝手の悪い、流しのうえのちいさな棚のなかの棚板と引き戸とをはずしてみた。これが大当たり。俄然、収納力アップ。興に乗って、クローゼットの棚もベルトだけでまるまる一段占めているのを、クリーニングの針金ハンガーをラジオペンチでベルトハンガーに加工することで空きスペースにできた。創意工夫の神さまはいつ舞い降りてくるかわからない。
「でも、こんなにがんばっても、もうすぐ引っ越すのにねえ」
「ねえ」
 そのひと言で、なんだかどっと疲労感が押し寄せてきた。
 ということで、日曜日は部屋探し。不動産屋さんの車で、あちらこちら部屋を案内してもらう。あのポール・デルヴォーの絵のある街だ*1。めぼしい候補はふたつ、公園にほど近い緑の匂いの濃い部屋と、古ぼけた高いビルのいちばんうえの広い部屋。
「高いところに住んだら、毎朝、窓をあけるたびムスカごっこができるんだよ。『ひとがごみのようだ』って」
「ひとは土から離れては生きてはいけないのよ」
 けっきょく決め手がなく、帰りに寄った蝶の名を持つ喫茶店で、豆乳プリンとハニージンジャーチャイをいただきながら、ふたりでそんな会話をした。あほだ。
 きょうは街がお祭りの日で、昼間っからワインのボトルを幾本もあけて赤ら顔の浴衣姿のおじいちゃんたちが、お店を出るなり神輿渡御の采配に走り回ったりしていた。

*1:id:moony:20070416