そういう才能

 とっておきのバウムクーヘンがあるからおいで、といわれて、Iくんちでお相伴に預かってきた。
 もとはといえば、Iくんの職場のおばさまに、おいしいのよ、とおすそ分けしていただいたものらしい。もらったその日にたまたまTVを観ていたら、いま大人気、買うのに行列、一時間待ち! と放送されていたんですって。
 すごいなあ。きっとおばさんも一時間並んだんだよね。
 オフィスのリフレッシュコーナーにおいてある雑誌のお菓子の特集だとか読んでも、ああおいしそうだなあ、と思うだけで、お店の場所等々を憶えるまでに至らない私には、その行動力はすごい能力のように思える。
 問題のバウムクーヘンのお味は、といえば。たしかに、いままで食べてきたほかのバウムクーヘンたちは、おいしくないわけじゃないけれど、「こんなもんでバウムクーヘンでしょ?」と、いちど思考停止状態に陥っているのかも……と思わせる、なんだか新しいステージに突入している味でした。
 ちなみに、Iくんは、すこしまえに話題になった二時間待ちのドーナツも、ほかのひとからもらって食べたことがあるという。
 それも一種の才能だよねって思った。





 Iくんの住んでいる独身寮は森のなかにある。木立にかこまれてお城のような病院が立っているほかは空を遮るものがなくて、雨あがりの虹も夜の月もよく見える。
 夕ごはんを近くの洋食屋さんで食べたあと、バウムクーヘンのお返しにクグロフ・アマンドを買って帰るみちみち、もうすぐ皆既月食だねっていう話と、もっとこのあたりでいろいろ遊べばよかったね、という話をした。
 夏の夜はふらふら歩いても気持ちいいので好きだな。
 引越しまでは残すところあとひと月。