悪趣味

 髪を切りに行った日ようのカテゴリをつくってみてはどうか?
(つくってみた)(barberって、美容じゃなくて、理容?)
(過去のじぶんがこの話題だけはわりとまめに書き留めていることに驚いた)
 で、きょうのトピックは、前回から担当してもらっている美容師さんが、ついさいきん結婚していたということ。えー、だってこないだまで初々しいアシスタントくんだったのに!
 もっとも、そのころ私は大学四年生か、社会人一年生だったので、つまり、ちっとも「こないだ」ではない。
 じつはこの日教えてもらった結婚の報せはそれがふたつめで、おなじ会社で部署はべつの、例の株サークルの仲間のひとりも、長らく同棲していた彼女ちゃんとついに入籍したのだとか。こないだ夏休みのお土産にくれたのが彼の実家近辺の名物だったのは、彼女ちゃんを紹介しに里帰りしたことを示唆していたのね! なっとく!
 それにしてもこれでサークル構成員のはんぶんが既婚者なのねと思い、職場でIさんに、
「Iさん、」
 と話しかけたら、
「それ以上言ったらセクハラ」
 と機先を制された。
 うん、「のこったなかではIさんがいちばん年長ですね」って言おうと思っていたの。セクハラですね。





 どうしてIさんは結婚しないんだろうね? というのは本人の面前であろうとなかろうと、職場の飲み会ではかならず出てしまう話題で、だって本人べつにかっこ悪いわけじゃないし、異性に興味がないわけでもないのにね、とみんな心からふしぎがるけれど、Iさん自身から事情を教えてもらった私はそれを暴露するわけにもいかず、たいへんに気まずい。
 もとをただせば二年前のIさんが発端。当時、私なりの「事情」で失恋したばかりで、べそべそのどん底にいた私を、不意打ちのようにぽーっとさせたついでに、どういう気まぐれだかIさんのほうの「事情」をひそかに打ち明けてくれた、という経緯があるのです。
 しかし、本人は私をぽーっとさせたことになんかしばらく気づきもしなかったし、私は私で早々に諦めたうえで、じつはですね、Iさんが好きでした、でもいまはIくんが好きなんですと告白(?)したので、これは失恋にすらなりそこねた。
(……あ、ていうか、Iくんとの初デートのセッティングにIさんに骨を折ってもらったのだとか、記憶がふつふつと水底から)
 なものだから、ほかのひとに「いっそ絹子がIさんと結婚しちゃえば?」と冗談を言われたって、いったいどう答えろっていうの。
「えー、Iさん、今彼の干支ひとまわり上なんですよ! 私は遠慮します。でもIさんが結婚するなら、お祝いの幹事をひきうけますからね」
「そっちこそ、俺が幹事になるからとっとと彼氏と結婚しろ」
 まさかこんなやりとりをするはめになるなんて、三年前には微塵も思わず。
 でも、そんな紆余曲折があるくせに、上記のセクハラ発言をする私はそうとうに心が醜い。または、じぶんでじぶんのかさぶたをはがすのが好きな、悪趣味。





 そんなことを、髪を切ってもらいながら、怒涛のように、思ったのです。
(時間は流れる、私は残る)
 ここのトリートメントは花のような、果実のような、蜜のような甘くふしぎな匂いがして、美容師さんから納入の業者さんに訊いても「なんの香りかは、ひみつです」と、教えてはもらえないんですって。
 なので、髪を切ってからはしばらく、じぶんが蝶々か小鳥になったような気分がします。