好きだったひとのなまえって

 コンビニでお買い物したら、レジの店員さんの名札のなまえにぎゅん! と視線が吸い寄せられて、わあなぜなぜ? と思ったら、そこに書かれていたのが、
 宮本充
「旦那さんがこのひとの声だったらしあわせランキング第1位」(※回答者:私のみ)のひとと同姓同名じゃないですか!
(洋画の吹き替えが多い声優さんなんだけど、有名どころでは『こち亀』の中川さんとか『ライオンキング』の成年シンバとか、『ロード・オブ・ザ・リング』のファラミアとか、ようするに「おぼっちゃん」「育ちが良さそうな青年」の役が多いひと……)
(育ちが良いひと好きなんだもん……)
 好きなひとのなまえって、ものすごい引力を持っている。あるいは、私の眼窩がブラックホールになったみたいに目に飛び込んでくる。
 それで思い出したのが、もう十年前の話。大学二年生になりたてのころのこと。





 駅から大学までの道を歩いている途中、仲の良いクラスメイトを見つけて挨拶したら、その子と話しながら歩いていたのが、やっぱりおなじクラスの男の子だった。
 そのころ私はクラスの男の子に知り合いがあんまりいなくて、彼とも面と向かって話すのが初めてだったので、はじめまして、絹子です、と名乗ったら、「知ってるよ」という答えが返ってきた。そのあと、Nです、と名乗られた。
 それがNくんと初めて交わした会話だった。
 女の子が珍しいクラスだから、必修の授業の出欠確認かなにかでなまえを憶えてもらったのかな? と思って、そのときはそれでおしまいだった。
 それから演習でいっしょになったり、本を貸してもらったり、Nくんとよく話すようになったころ、夜になるとまだコートが恋しいような春がまた巡ってきて、飲み会の帰り道でふたりきりになった。そういえばNくんとお話しするようになったのはちょうど一年まえのいまくらいからだったねと言ったら、じつはね、とNくんが打ち明けてくれた。
「入学したときから君のこと知ってたんだよ。君のなまえが高校生のころに付き合ってた彼女のフルネームと漢字までまったくいっしょで、クラスの名簿を見た瞬間に君のなまえが目に飛び込んできたんだよ」
 それでものすごく好きで好きでだいじすぎてうまくいかなかった彼女とのことを電車のなかで聞かせてもらったりした。
 いまの私が約十年前のあの夜に戻れたら、わかるよ、ぎゅんって音がするくらいの勢いだよねってNくんに言えるのになあ。
 ……でも中川さんやシンバといっしょにするなっておこられるかなあ。
 こっちを見もしないで「知ってるよ」と答えたNくんの横顔や、桜がそこらじゅうに花びらを振りまいていたこと思い出して、そんなふうに思ったのです。