紙の宝石・蔵書票

「きょうは暑くなりますよ!」と気象予報士が高らかに宣言する日に、よりによって日本一暑い街*1へ行くことに。
 県立熊谷図書館の「蔵書票の世界」特別展*2に行けるのが、きょうだけなんだもの……。
 別名を「紙の宝石」ともいう蔵書票は、外国製のものをおともだちからわけてもらったり、恵文社一乗寺店で買い求めたり、何種類か持ってはいるのですが、蔵書票作家が票主のためにつくったものは、本のなかで見たことがあるだけ。それが一堂に会すと聞いては、行かないわけには行きません。
 熊谷駅に降り立ったらちょうどバスが出たばかりだったので、県立図書館まで炎天下を徒歩20分。死のロングウォーク……。
 その苦しみも、本やYahoo!オークションで見ては憧れるだけだった、アルフォンス井上の作品群を目の当たりにして雲散霧消。すてきだった……!
「だれかのオーダーでつくられた蔵書票」を数多く見る、というのは、やはりおもしろい経験でした。
 いかにも日本ふうなお花の絵柄の板目木版画なのに、いっしょに彫られた票主のなまえが異国のひとのもので、「ジャポニズムな感じで」という注文だったのかしらと思わせたり。あるいは横浜黒船館の蔵書票はいろんな作家が競作しているけれど、ペリー提督か黒船か、どちらかのモチーフは必ず入れるという縛りがあったり。
 作家の作風はもちろんさまざまなんだけど、さらに票主の好みやオーダーも浮かび上がってくるところが、ふつうの版画展とはひと味違うところ。
 それにくわえて、蔵書票は本に貼るという性質のせいか、それとも票主に本好きが多いせいか、人気のある絵柄のモチーフもある種の偏りがあって、まずは本や書棚。それから猫、古い建物、薔薇、裸婦、サーカス、ペガサス、ユニコーン、空を飛ぶ船。レトロスペクティヴとかファンタジーとかエロティシズムとか、お日さまの匂いがしない、そういう雰囲気なわけです。書斎の片隅で凝って生まれた想像や妄想や夢が紙片に焼き付けられたよう。
 日本では古来から蔵書票ではなく蔵書印が主流で、水戸光圀の蔵書印なども展示されていましたが、なにか印が押された蔵書票や、票主の好きな詩歌を絵柄に取り込んだ蔵書票もあって、遊びの幅は蔵書票のほうがずっと広いみたい。
 自分の蔵書票がほしくなってしまう、刺激に満ち満ちた展覧会でした。私の場合、目下の問題は、蔵書票を貼るに能うような、蔵書と読んで恥ずかしくない本を持っていないということかしらね……。