意外な才能と謎の勝負のはなし

「お魚釣りを楽しみたい。そして自分の釣果をすぐ調理してもらって食べたい。でも日焼けはしたくない」
 という、私のわがままを叶える、すばらしい場所に行ってきました。釣り堀居酒屋です。
 基本的にはお魚料理専門の居酒屋で、ふつうにオーダーするだけでも食べられるのですが、店内の釣り堀(というか、屋内の釣り堀の周囲にお座敷がある構造)で、自分自身の手でお魚を釣ると、それを厨房で調理してもらえて、お値段もすこしお安くなる、というシステムです。
 お座敷に通された早々、ビールを飲んでほろ酔いで、
「どうしても釣れなかったら、ふつうに注文すればいいね」
 などと話しつつ、主人と並んで竿を釣り堀に垂らして、待つこと二分。
「……Iくん、どうしよう、釣れちゃった!」
「まだ三分も経ってないじゃん! 釣りを楽しむひまがないよ!」
 とはいわれても、針にかかったお魚はぜったい食べなきゃダメ、キャッチアンドリリース不可、がお店のきまりなのです。さっそくお刺身にしてもらうことに。
 おおきなおおきなシマアジで、まるまるお造りにしてもらったら、なんかもうすごい量に。二、三切れをいちどにお箸でさらって食べないと、食べきるまえに、満腹中枢が刺激されてしまう感じ。私、むこう数年ぶんのシマアジのお刺身を食べたと思うわ……。


 お魚ってこんなにかんたんに釣れるものなのねー、と意外に感じたのですが、店内には大きな釣り堀のほかに、ちいさく区切られた水槽で、短めの釣り竿使用、エサも必要なし! というコーナーがあり、なんだかとっても「救済措置」感がしたので、まあ、そうでもないみたい。
 つぎは、このちいさな水槽で小物を。ということで、私はアジの水槽に、主人はサザエ(釣る、っていうか、「ひっかける」だ)に竿を垂らしたのですが、
「Iくん、どうしよう、どうみてもアジじゃない魚が釣れつつあるんだけど!」
「それ、ウマヅラハギだよ! アジの3倍高いよ! 釣っちゃだめ!」
 うわあああっと竿を揺らして、なんとかセーフ。
 この「救済措置」コーナー、よくよく見てみると、アジの水槽にウマヅラハギ、サザエの水槽にアワビと、お値段数倍の生き物たちがひっそり混ざっていて、トラップ臭も漂う装置でした。
 ぶじ、主人がサザエをひっかけて、これは壺焼きに。

 それを食べつつ今後の方針を話しあったのですが、さっきのシマアジやビールやサイドオーダー(あんまり釣れないと思って、頼みすぎたの)のせいで、どう考えてもあとひと品でわれわれ夫婦はお腹いっぱいです。さいごは揚げ物がいいな。ということで、
「そろそろ空気を読んでこっちに見せ場を譲ってくださいよ、絹子さん」
「それはこっちのセリフですよ。Iくんこそ空気を読んでここで一発大物を釣りあげてくださいよ」
 という心あたたまる会話でお互いを牽制しあったのち、ふたたび釣り堀へ。五分後。
「Iくん、どうしよう、タイが!」
「ぼく、きょう、いっこも釣ってないよね……」
 嘆きつつも、私の釣りあげたタイを網ですくってくれたので、私の配偶者は優しいなあ(釣りはへただけど)、と思いました。
 揚げたてのタイの唐揚げは、とてもおいしかったです。画像がないのは、いいかげん酔いがまわっていたためです。
 すべてをたいらげたあと、お会計まえに、
「じゃあ、これがさいごの勝負ね。ぼくはお会計は10,500円だと思います。金額が近い方が勝ちね!」
 と苦し紛れに主人が言い出して、おいおい勝負の内容が変わってるじゃないか、いやそもそも勝負だったのか、と甚だ謎だったのですが、いちおう、「じゃあ、私は9,800円」と乗ってあげてレジへ。
「合計で11,036円になります」
 とレジのおねえさんの声をきき、ぱっと顔を輝かせる主人。が、
「あ……、二匹目半額クーポンがあったので、9,786円になります」
 まさかの逆転ニアピン賞。いやあもうなんか売られた勝負まで勝っちゃってスミマセン、でも主婦のどんぶり勘定の精度の高さを甘く見すぎだよね。と、ほくほくしながら帰りました。
 反省点としては、夫婦ふたりだとそんなに多くの種類のお魚を食べられなくてつまらないなあ、ということです。家族連れとか、お友達グループといって大人数で行けば、たくさん釣ってもいろいろな調理法で楽しめそう。
 意外に感じたのは、もしかして、私って釣りがうまいのかしら? ということです。ほかのお客さんもそこそこ入っていたのに、結局、ほかのだれかがお魚を釣り上げている瞬間を見かけなかったので、わりと難易度があったのかも。まあ釣り堀にいたのが二分と五分では短時間すぎたのかもしれませんが。それか、私、魚類と波長が合うんではないかしら。人類のくせに、人類といるの苦手な人みしりだもんね。などということを思ったゴールデンウィークでした。