うつくしい日
埼玉県立近代美術館へ、澁澤龍彦展を見に行く。
もう。
すごいから。
行くべきよ。
でも、なんにもしらずに着いてきたIくんは、頭を抱えていた。いま通っているマンツーマンの英会話レッスンで「こんど展覧会に行くんだよ」「じゃあ今週の宿題はそのレポートにしよう」くらいの会話をしてきたらしい(英語で)。あーそりゃー私もわからーん。だいたい澁澤さんてどんなひと? 日本語にすらできないもん。
それでもIくんは、澁澤さんが交遊のあった芸術家たちに寄せた紹介文などを読んで、
「なんだかキャッチコピーみたいな文章を書くひとだねえ」
と感心していた。
ああ、ちょっとだけわかる。このひとの文章って活字の並びに鉱石がごろごろまぎれているみたいに、目に飛び込んでくるいくつかの文字がある。本人の書く文章も好きな絵も人も物も、みんな標本箱や展翅板にならんでいる蒐集物みたいなの。
展示物で目を惹いたのは大きな油彩のポール・デルヴォー。デルヴォーってつめたい、冬と氷のイメージがあったんだけど、飾られていたうちの一枚は南の国の庭のなかの東屋か天幕に女がひとり休んでいる、といったふうで、どことなく『真夏の夜の夢』を思わせて印象深かった。
美術館は駅の近くの公園のなかにあって、そこは、ちかぢか転居する予定のIくんが、引越し先の候補のひとつにしている町だった。展覧会を見終えたあと、駅のまわりをぐるぐると、お肉はあそこで買えばいいねとかクリーニング屋さんはどこだろうとかここでお茶したらいいんじゃないとか探検した。
うつくしい日だった。
……と書き終えたあと、展覧会の目録を見直したら、あのデルヴォーの絵は展示のためによその美術館から借りたものではなくて、もともと埼玉県立近代美術館の持ち物だった。
わあ私ぜったいあの町に住みたい。